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| 辰巳 英樹 | 禊島（みそぎじま） | 400字詰原稿用紙 約357枚 |
| 著者略歴／1960年生まれ。神戸市在住。戦争経験者を主人公に据えた作品を発表。短篇『鏃（やじり）』『彼岸の島へ』も当ライブラリーに収蔵。 | これは狂言か、進行中の犯罪か？ ３人の老人たちが目撃したものは、武装強盗そのものだった。瀬戸内海の無人島を舞台に、老人たちの知力と体力のかぎりをつくした反撃が始まった。 ※著者インタビューページへ |
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| 作品冒頭 | ||
鼻先で揺れる洋梨型の乳房を漫然と見上げながら、鳴瀬紘一は腰の律動のピッチを上げた。 跨った女が、ひときわ高い声を放った。 「いくわ、いくわ、いくわ……！」 勝手にいけ。鳴瀬は、かすかに唇をゆがめた。この女との情交にも厭きがきていた。日頃の上品な立ち居振る舞いとベッドでの狂態との落差がおもしろかったが、女のほうから電話をかけてくるようになっては興醒めだ。 女のからだが反り返った。腰の肉がたぷたぷと揺れる。 賞味期限いっぱいというところだな。鳴瀬は女のからだを観察した。自称三十九歳。秘書の後藤によると、来月四十四歳になるという。職業、主婦。夫は私立の大病院に勤務する内科医。情事の相手としては申し分ない。カネ目当てでもなく、財界に対する鳴瀬の影響力を利用しようとしているのでもない。純粋にからだだけの関係。いや、日本最大手ゼネコン、鳴瀬地所会長であるわたしとの情交は、女のブランド志向を満足させるためなのかもしれない。 頂をきわめた中年女は下から貫かれたまま上体を倒し、鳴瀬の胸に顔を埋めた。 いつもなら女の髪を撫で、心地よい征服感にひたるのだが、今日にかぎって、その感情は湧き上がってこない。すでにこの女の肉体の反応を知り尽くしてしまったからだろうか。三か月という期間は長すぎた。 ひどく喉が渇いていることに気づいた。激しい交わりのせいではない。渇きをもたらしているのは精神的な動揺だった。 女から身を離し、ベッドを降りた。 脈拍が速い。この女に執心していた三か月間、どうにか忘れることができていた〈あれ〉がふたたび立ち現れそうな気配に胸が騒いだ。 恐れているのか……このわたしが？ 鳴瀬地所会長の、このわたしが。 冷蔵庫からボトルウォーターを取り出し、窓辺に歩み寄った。 目を細めれば、眼下に広がる風景は海に見えないこともない。 首都の底に溜まる排ガスのベールが海。その中から突出している高層ビル群が岩礁。 こいつを造ったわたしが何を恐れる？ |
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