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| Have Fun ! |
| 辰巳 英樹 | 鏃（やじり） | 400字詰原稿用紙 約79枚 |
| 著者敬白／「下瀬（しもせ）火薬と呼ばれるピクリン酸を抽出する場面がクライマックス。いや実際、鎮痛薬から簡単に造れるそうですよ。やったことないけど（笑）」 | 神国日本の仮想敵を追い求める老人が遭遇したサバイバルゲーム。陸軍中野学校で身につけたテロ工作技術を駆使し、老人は爆薬を製造する。小型爆弾発射器と化した洋弓を手に、妄想戦の火蓋が切られた！ ※著者インタビューページへ |
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| 作品冒頭 | ||
岩田征一は箸を止め、指先を鼻先にもっていった。まだ、煙草のにおいが微かに漂うような気がする。何度も洗ったのだが、ニコチンは執念深く指紋の溝にこびりついているらしい。征一は鼻に皺を寄せ、腰を上げた。 小さな流しでゆっくりと手を洗った。水道の蛇口を開きっ放しにして、石鹸をたっぷりと両手にこすりつける。白い泡と界面活性剤のぬるぬるした感触が皮膚から流れ落ちてゆく。煙草のにおいともに、あいつのいやらしい唾液や血液のにおいも消えてゆくようで、すこし残念であった。 今日の手柄の痕跡をもうしばらく留めていてもよかったのだ。拳に、あの中年男の柔らかい腹の感触が残っている。 きっかけは銀行で順番待ちをしていたときだ。隣に腰をおろした四十がらみの男が煙草を吸いはじめた。男は烟を盛大に吐きながら貧乏ゆすりをした。小刻みな振動が尻に伝わり、征一は急に落ち着かなくなった。おまけに烟が流れてきて顔にまつわりつく。席を移ろうにも閉店前の混雑時で、空いた席はない。征一は苛立った。貧乏ゆすりは我慢できるが、他人の煙草の烟だけは許しがたい。「すみませんが」征一は声をかけた。 男は宙を睨んでいる。「あの、ちょっと」行内の雑音に負けまいと少し大きな声で言った。「すみませんが」 煙草を咥えたまま、男はじろりと隣の小柄の老人を見た。「恐れ入りますが、煙草を消していただけませんか」 濁った眼で征一をしばらく見て、男は再び宙に視線を漂わせた。年寄のくせになに言いやがる煙草がいやなら席を移れよ面白くないじじいだ。横顔はそう言いたげだ。 そうか、と征一はひとり頷いた。いい歳をして他人の迷惑をまったく考えない輩なのだな。ものの道理はおれがゆっくり教えてやる。 |
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