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| 陶 広志 | まぼろしの城 | 400字詰原稿用紙 約483枚 |
| 著者略歴／1970年、徳島県出身。カルト教団に興味をもち、資料を渉猟するうちに「性の宗教」真言立川流を発見。狂信者の恐怖を描く三部作を発表。 | 真言立川流三部作パート１。息子の死因を探るため、矢島直人は関東の山間の城下町に住みつく。心に闇を飼う屑屋、功名心に駆られた記者の思惑が絡みあい、町に巣食う邪宗門の牙城に迫る。 ※著者インタビューページへ |
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| 作品冒頭 | ||
盆地特有の蒸し暑さに、本間祥治はまいっていた。 きょう一日でこの城岩市とはおさらばだ。呪文のように自身に言い聞かせながら改札を出て北に向かう。 城岩市。埼玉と群馬の県境に位置する、人口三万二千五百人の小さな町だ。市の中心を西から東へと貫き流れる稲富川に沿って、市役所や警察署、商店街が存在する。東西に長い中心部は、端から端まで歩いてもたかだか二十分そこらだ。市の大部分は山か田だった。 この町に初めて足を踏み入れて一週間が過ぎようとしている。二日に一度の割合で訪ねていたから、今日で四度目だ。 依頼主の本名も目的も理由もわからぬ退屈な仕事だった。 橋の欄干に両手をつき、川風に頬をなぶらせ、蒸し暑さと厭世感とに弛みがちな気分に活を入れる。 ともかくカネが必要だった。 あと二百万の返済が終われば事務所を畳まずにすむ。じきに捲土重来だ。事務所を立て直したら安田を追う。地の涯まで追い、叩きのめす。 安田は、興信所〃本間＆安田リサーチ〃の共同経営者だった。調査は本間、運営は安田と分担していた。事務所を拡大しようとした矢先、安田と女子事務員が消えた。安田は会社実印、通帳、手形の三点セットを持ち出していた。手を打ったが遅きに失した。口座から運転資金全額を引き下ろされたばかりか、サラ金に三千万を超える借金が残されていた。 分譲マンションを売り払い、あらゆるつてに縋ってサラ金の大半を返済した。それでも足りないぶんは、睡眠時間を削って仕事をこなした。 汚い仕事であろうが、法に抵触するやばい仕事であろうが厭わずにこなした。貧すれば鈍す――おおいに結構ではないか。自己嫌悪すら湧かなくなっていた。一文にもならないことは考えない。あと二百万円。それだけを見つめていた。 橋を渡りきり、本間は立ち止まった。 |
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